欠損
きっと大昔からなのだろう、奴隷身分の我々は奴隷からの解放により、自由を望んでいるが、そのチケットの値段は非常に高いことを知っている。
そのため、日々の労働(g)で資本(r)を作りrが育つまでの時間をgでカバーする作戦に打って出る。1000人くらい同じ戦略をとれば、1人くらいは運が良くて、短い期間でrが十分に育って自由チケットが早期に手に入る。
我々は何かにつけてそう言う人(rで殴ってくる人)を見ると羨ましがって、また自分のrを眺めて将来の皮算用を始める。
rで殴ってくる人々を見ていると、あまりにも現実的な見方でしか世の中を見れていないような気がしてしまい、重要なものが足りていないのではないかと思ってしまう。こいつらはまるでわかっていない。rで他人を殴らないことには自分がスッキリしないんだ。rに取り憑かれたが故に自分が見えていないのは悲劇だ。
rがあるのは良くわかる。いいじゃないか。ただ君の中の情熱は何なのだ?自由を手に入れて好きなことをしているのか?rをどのように使うのか。
この世の全て何にしても、入るのは簡単だが、出るのは難しい。
いや、年老いて仕事を自動的に引退しても、自由を得たとしてもこれは同じだ。
今の65歳を見てみればわかる。もう年金ももらって自由に暮らせるだけの余裕があるにもかかわらず、働かなくてはならないのか。rを育てなかったからなのか。仕事を辞めて何をするのか。引退する人に聞いてみたい。何をするのかと。
果たして65で引退して好きなことをやる体力と気力があるのか。
その時にできることしかできない。そして過ぎ去った時間を牢獄に閉じ込めて、老いた体だけが残っている…これが玉手箱ということなのか。
gの成長はよく見積もって2%だ。rは8%が目指すべきラインだ。
2%なんて言うのはほぼ現役の間全てが概ね線形と言える。
8%はそれが10年だけだ。
ここでも欠損している。
そう、それは日々の生活、人生の優先順位、体力etc...
自分への複利はどこに効くのだ?その利率は?
ゲームであればステータスを見れば一目瞭然なのであるが、残念ながらこれは決して見えない。ステータス化するツールを作ったら合理的な判断ができるだろうか。
唯一無二の記憶はどれだけの効果を自分にもたらすか。
こちらの皮算用は誰もしないと言うのは、終わってみて初めて気がつくことなのかもしれない。
仕事を何歳までやるのかと言う話
どのような仕事をするにせよ、何かしらの人のためになる仕事であれば、自分の資産がいくらになろうが、続けるべきだろうか。それとも、自分のことだけを考えてFIREするべきなのだろうか。
例えば50歳で辞めることを考える。辞めても困らないくらいの資産があるとしよう。
つまり、その仕事を続けるのは自分がどう思うかと言うことだけである。給与に関係なく、自分がやりたいことだからやるのか、辞めてやりたいことがないからダラダラ続けているのか。この時期に辞める選択肢を取るには、会社の庇護を捨て、高給を捨て、退職金も捨て、将来の年金を捨てる必要がある。楽なのは会社に依存して毎日をただ浪費して過ごすだけの選択肢だろう。
辞めてしまっても、生活レベルを一定にしておくのであれば、問題はない。辞めて何をするべきかと言う話は常に考えておく必要があるが、組織の後進のために尽力するのか、身近な人や自分のために、人生の後半をどう使うのかと言うことだ。
50歳から60歳と言うのは、日本式終身雇用でいえば一番給与がもらえる時期であり、子供にも金銭的な負担がかかる時期であり、仕事で言えば実働の実感があまりない時期かもしれない。そして、体力は徐々に衰えていく時期でもある。自分の貴重な10年と言う時間をただの伝言役のようなつまらない仕事に使って良いのかと言うことだ。
そこに行きつくまでに、もちろん十分な余裕がなければ選択できる道ではない。自分の人生がいつ終わるかは誰にもわからない。取れる選択肢と今を楽しむことに重きを置いて自分の生活を見直してみよう。そして、余裕があれば15年後のことを考えてみる。
そういう35歳として過ごす所感。
AIな世界
AIがこの数年で大幅に進歩した。
AIが最終的に何に行きつくかを考えていると、人間が自然サイクルに戻るための補完する存在になるのではないかと思う。人間は、自然界で唯一自然に反した行動が取れる動物であり、短期的で個体的な利益を追求するがあまり、自然から逸脱してしまう。たとえば、ある化学製品が個体の短期的な生存には有用ではあるが、長期的には人間の生存環境を脅かしているといった例が挙げられる。
そこで登場するのがAIだ。
人間は長期的な視点に立つのが苦手だ。それは我々の遺伝子にいつまで生きていられるか分からないから、現在のリワードが大きく見せられてることにある。
長期的な視点に立った際のリスクリワードと全体に波及する効果を推測し、行動を決めることが人類の長期生存戦略になる。
AIは人間が合理的な選択をできないことを分かった上で、種全体として合理的な選択になるように設計され、運用される存在になるのではいか。
AIがフィジカル化することで、ルンバが道路規模で動くとしたら。
ゴミ拾いロボットが街を徘徊しだしたら。自動バスの運用は。
AIが社会実装されるにはどんな設備が必要だろうか。
定点観測
最近のメモ。
何気ない生活をこのまま続けていると、人生のあるタイミングで仕事が終わった後に何が残るかということは常に考えておかなくてはならないことだ。うっかり、気がついたら人生の時が進んでいて、そこから動き出していては考え方も、習慣も凝り固まっていてきっと動くことができなくなってしまっているのではないだろうか。頭の柔軟さを維持した上で、しがらみやプライドを持たないことが大切だと感じる。
これらに対するAI回答としては、新たな役割を与えられる場に属すること。何か自分から生み出す趣味を作ること。消費することだけになってはならない。ということだった。かといってこれを愚直に実行するのはアルゴリズムの言いなりになっているだけであり、人間としての尊厳があるのかと感じてしまう。
ある休日に本屋でmoral ambitionという本に出会った。立ち読みした中では倫理的視点(人間という種に対する長期の利益)を持って能力を行使せよという内容で、面白そうなので、WEB注文して現在配送待ち。現代の論語と算盤のような雰囲気を感じている。世界が複雑化していく中で、例えばある化学品を使い続けることがどういった影響を人体に与えるかといった影響や、長期的に人類に影響を与えるかは誰にも予測不能である。それは時間しか教えてくれない。
公園で息子を遊ばせながら、爽やかな青空と空気が流れる中、大きな木の下で昼寝をすることは誰にでも与えられた権利であり、地球に住む生命としての安らぎを得られる時間である。これを将来の世代にも残していくことは我々に課せられている使命である。
この4月は2回も風邪を引いてしまい、思うように運動が出来ていない。風邪が完全に治ったらという最高のタイミングを待っていては、ずっと運動できない日々が続きそうな予感がする。こういうタイミングに流れやすい行為に習慣化されて弱い方に流れてしまうから、小さな積み重ねをしていくことが大切ではないだろうか。
仮に明日から仕事がないとして、毎日何をするか。1時間走る。公園の木陰で昼寝をする。本を読む。ピアノを弾く。息子と向き合う。そしてそれを繰り返す。社会に何かを提供できているのだろうかという気持ちをどこかで自分に整理される必要があるだろう。
何かと日々の仕事に囚われていると、時が経つのは早い。時間を意識せず、やりたいことをする時間で自分なりの世界をよくする方法を見つけ出すことがこの世に住むものの責務かもしれない。
カタパルト
子供の頃に父と紙飛行機を飛ばして遊んだことを覚えている。
割り箸の先にゴムをつけて、飛行機の機首に引っ掛け、飛ばす。引く力が強ければ風に乗って長い時間飛んでいるが、弱ければ自重に負けて地面に落ちていく。
当たり前なことであるが、投資資金が少ないうちは利回りがあっても、生活資金のごく一部を賄うことしかできない。しかし、ある一定の資金力があれば、生活資金という重力圏から脱することができる。
仮に年間500万円を使うのであれば、4%の割戻しで1.25億円という力で資本主義の重力圏を脱することができる。
余生を鑑み、安全率を加味すれば3%という値を使っても良い。
4%ルールは30年で95%は資金が尽きなかったということであるが、3%にすると50年というのが定説ということらしい。
ちなみに3%ルールを使って500万円を引き出そうとすると1.67億円という力が必要になる。
自由という名の無重力へ射出された我々はどこに向かうのだろう。当てもなく、空を漂うだけなのだろうか。
もし、仕事を辞めるのであれば、何をするかということを事前によく考えておかなくてはならないのだろうか。もし、何もしないのであれば、それは人間社会の落伍者ということを覚えておく必要がある。
古代の哲学者は、書き記すことで2000年の時を超えて真理を届けてくれている。自分自身の内なる重力に負けない思考と行動で飛んでゆきたい。
等価物
親が年金をもらい始める世代なので年金がどの程度の資産に等しいか考える。
年額200万円と仮定する。この年額を得るためには、4%で割戻せば必要な資産が算出される。つまり5000万円の資産を持っていることに等しいことになる。
ただし、これをもらうには、60歳まで働き続けなくてはならない。
そして、60歳まで働いた時、手取りで平均的には2億円程度らしい。退職金も加味すると2.15億円くらいだろう。そこに年金5000万円が載っかることになるので、働き続けることによって生み出される資産は2.65億円である。
約3億円というと宝くじに当たったようなものだ。
宝くじを買わなくても、みんな等しく当たっていると考えるのはどうだろう。
60歳まで働かない場合を考えてみる。
いちいち手計算するのは面倒なので、AI任せにする計算をしてみる。
そうすると以下となるが、それぞれ、4%で割戻した額を併記する。

ということで、各年齢での60歳で辞めた場合と同等の最低ゴールラインを定めてみる。
2.65-年金-退職金=60歳に辞めた場合と同等の獲得すべき収入
50歳:2.65-0.3875-0.15 = 2.1125
45歳:2.65-0.3313-0.12 = 2.1987
40歳:2.65-0.2750-0.10 = 2.28
35歳:2.65-0.2188-0.080 = 2.351
毎年の生活費を仮に300万円と置いてみると
必要な資産は4%で割戻すと7500万円になる。
本気で辞めるとするなら安全域を確保したスタートラインはここになる。
ここから、各年齢の差額年数で残りの金額を賄えるか?ということが問題になる。
こういう時にAIは便利だ。
35歳から60歳までの25年間で、資産を7,500万円から2.3億円に増やしつつ、毎年300万円を取り崩すというプランですね。
結論からお伝えすると、
当初資産7,500万円で、毎年300万円を使いながら60歳で2.3億円に到達するために必要な利回りは 「年利 約7.01%」 です。
色々と厳しい。
生活費を200万にして、60歳で1億円を達成する場合で考えると目標年利周りは4.65%となる
また、目標額を1.5億円とすると6.13%となる(全て税引後)
仮に10年遅らせて45歳に引退するとしよう。
そうすると生活費が1000万円浮くことになる。ので、年間目標利回りは3.8%で良いらしい。
rの力を感じる…
仮に45歳からの生活費が年間400万円で運用益から支出することになり、60歳で1.5億円を達成する計画とすると6.88%となる。
45歳での必要資産額は約1億円になる。
やはりなんにせよ1億円付近がターニングポイントか。
こういう逆算的な計算をやらせると指示が悪いのか、AIは正しい答えを出してこない。
AIが正しくないか見極める力は大切だと感じる。
仕事に真面目に打ち込めない人が受けている罰について
ある人が仕事をよくサボって楽して給料を得ているということを羨んでいうことについては、本当に羨ましいことなのかは疑問がある。こういう人間になって楽したいという気持ちは誰もが持つことかもしれないが、それをせずに自分のできることで人の役に立つことは人としての義務を全うしていることになる。
人の役に立てる仕事にも関わらず、真面目に打ち込めない人が受けている罰は何か。死ぬ間際になって、成し遂げたことが体の膨張くらいしかない人間が何かを得ているとでもいうのか。いやこの人は何も得ていない。むしろ罰を受けている。精神世界を充実させることができなかったことは人間として生きた証の最も廉価な証であり、人間世界において人の役に立てなかったというレッテルを自らに貼られたまま死に赴くだけなのだ。
ではそういった人を見たらどうしたら良いのか。反面教師にして自分がなすべきことをするだけだろう。その人を変えることなど、神の領域であり、不可能なのだ。自分の神が見ている領域だけに集中しなければならない。